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5月24日の昼飲み会ハイキング(公園巡り)-1

5月29日         5月24日の昼飲み会ハイキング(公園巡り)-1
                    住吉公園&住之江公園 
此の日は知人のM吉さん・S籐三と3名で昼飲み会ハイキング、当初は住吉公園だけ
のつもりが、S籐さんの提案で次回予定の住之江公園迄足をのばしてしまいました。
此の日の私の万歩計は、11549歩で約6.8km歩いたことに・・・
ハイキング終了後の昼飲み会&情報交換会は12時半~14時半迄阿倍野の居酒屋
で参加者7名で開催し、楽しい昼飲み会&情報交換会となりました。
志都美駅
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南海本線住吉大社駅で待合せて
直ぐ目の前に住吉公園が・・・・
明治6年に開設された大阪府営住吉公園は、2023年に開設150年を迎えます。
ご存知ですか?住吉公園は日本最初の公園
住吉公園は、明治の新政府からの通達によって大阪で最初に指定された公園です。
草創期は住吉大社の境内を母体として誕生し、はじめは歓楽遊興の公園として、後
には都市型の府営公園として、今日まで府民に広く親しまれています。
近代日本の公園は、明治の初期に新政府からの通達によって設置が開始されまし
た。明治六年(一八七三)一月十五日に政府から各府県に対して公園設置に向けて
の通達がありました。(太政官布達第十六号)
これを受けて、大阪府下でも公園地が選定され、同年の八月二日、住吉大社の境内
全域をもって最初の公園地指定となりました。また、九月には『公園地規則』が制定
され、名実ともに住吉公園の開設となったのです。その後、十二月には浜寺公園も
開設されました。
源氏物語碑・・・説明銘板
真住吉(ますみよ)し 住吉の国」は 万葉の昔から数多くの和歌や文学作品にその
名をとどめている
源氏物語 澪標(みおつくし)に描かれた 明石上(あかしのうえ)の悲しい恋もこの地
が舞台である 船で訪れた明石上はなつかしい 光(ひかる)源氏の華やかな住吉詣
に出合ったが 再会することなくそのまま帰る
中世の住吉は王朝貴族の住吉詣が多く平安のみやびにつつまれていたこの碑はか
かる王朝をしのび 歴史を振り返り 郷土を愛するためのよすがである
昭和五十七年四月吉日   財団法人住吉名勝保存会 建之
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やたらとアオサギが多い?
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汐掛道を住吉大社方面へ
汐掛道
昔、住吉大社の参道でした。住吉公園の東西を走る石畳の情緒あふれる通りで、
四季折々の姿を楽しめます。この通りを歩くとゆるやかに時間が流れるような気が
します。汐掛道顕彰碑には昔の面影と名前の由来が記されています。
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公園案内看板
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芭蕉句碑・・・芭蕉の没後170回忌に建てられました。
芭蕉が住吉大社の「升の市」に訪れたときの句が刻まれています。
毎年9月に住吉公園で「升の市」が開かれています。
1864年江戸末期に建てられました。
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心字池へ向かう
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コデチアの花が綺麗
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心字池・・・真上から見ると心の字に似てます。
人工の池ですが、サギなどの鳥たちが羽を休めに来ます。静かな水面は季節ごと
にいろんな風景を写しだしているようです。公園事務所横からは川の流れのように
心字池に水が流れ、川の流れは周りの花や樹木の風景にリズムをつけています。
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汐掛道で
国道26号線を渡った所に高灯籠が有る
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此の続きは、
5月24日の昼飲み会ハイキング(公園巡り)-2 として
          下記のメインブログへ詳細を投稿します。
        https://taharas-amami-nara.blog.so-net.ne.jp/   
続きは、住吉高灯籠~
住吉高灯籠・・・日本最初の灯台だ! 今は、資料館になっています。
日本で最古とされる灯台。 夜はライトアップされます。 昭和49年12月復元。
資料館へは、第1第3日曜日 10:00~15:00入館できます。
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此処から急遽住之江公園へ行ってみる事に
住吉川堤防遊歩道を歩く
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姫松橋・・・橋下を通ったので風景を見る事はできなかったが・・・
かつてこの付近は美しい松原の続く海岸で、住吉浦とよばれていた。毎年春には、
潮干狩りで大いに賑わったといわれる。江戸時代の中頃には新田を開発する為、
両岸の入り江が埋め立てられ川として残されたものが現在の住吉川である。
姫松は、住吉大社社頭にある松の美称として知られ、当地の地名にも残っており
橋名もこれにちなむものである。
今の橋は昭和60年に架け替えられたもので常夜灯をイメージした親柱や簡素で
清潔感のある高欄など、この橋が当地のシンボルとなるよう工夫をこらしている。
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住吉川遊歩道を歩く
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橋を渡って
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住之江公園に到着
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此処の公園にも心字池が?大池でした、大池が有る
大池
水面に映る緑の木々、のんびりと泳ぐ水鳥たち…大池にかかる太鼓橋に立てば、
ここには自然が息づいていることが実感できることでしょう。ストレスもす~っと消
えていきます。
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公園案内看板
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此処の公園の一角に大阪護国神社が有る
大阪護国神社へ向う
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大阪護国神社
当地大阪府には戦没者の御霊を恒久的にお祀り申し上げる施設がなかった。
昭和12年「日支事変」が起こり、大阪府出身の多くの若者が戦場へ赴き、勝利は
したものの尊い命が異郷の地で散華された。
この事を契機に大阪府にも戦没者の御霊をお慰めする恒久的な施設が必要であ
ると、大阪府民から自発的な運動が起こり、昭和14年、時の府知事が奉賛会長
に就任し、当大阪護國神社が、内務大臣指定護國神社として創建された。いわば、
当時から大阪府民の神社として創建されたのである。
その後、戦争の激化、大東亜戦争の開戦、終戦等様々な苦難を経て、昭和38年
5月、現社殿が創建され、同時に境内整備が行われ現在に至っている。
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大阪護国神社を出て
大阪メトロで天王寺の居酒屋へ向かう
居酒屋 甘太郎
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