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5月3日の平城宮跡天平文化の香りとともにー1

5月8日(令和元年)       5月3日の平城宮跡天平文化の香りとともにー1
                       近鉄駅フリーハイキング 歩程11㎞
此の日は、素晴らしいハイキング日和の中、知人の・I 田さん・M村さん・O村さんと4名で
参加した、西大寺駅前から平城宮跡迄奈良交通の無料シャトルバスが出ていたので先
ずは此れに乗車、約7分で朱雀門広場に到着、朱雀門広場での天平祭は大勢の人だか
りの輪の中で見る事が出来ず、パスして大極殿へ向かい、此処から後のコースを不退寺
をパスしてショートカットしたが・・・
此の日の私の万歩計は、25170歩で約15.1km歩いたことに・・・
コース  大和西大寺駅南出口  10時35分集合
大和西大寺駅(南出口・受付)~シャトルバス7分~平城宮跡朱雀門広場(天平祭会場)~
平城宮跡・南門復元工事・大極殿・遺構展示館前(昼食)~海龍王寺~春日社~法華寺前
~芸亭伝承地~佐保川堤~大仏鉄道記念公園~奈良県庁屋上~奈良公園・国立博物館
前~むくろじ大木前~奈良公園の藤~春日大社~十三鐘~興福寺・五重搭・中金堂・南円
堂前・額塚・北円堂前~近鉄奈良駅~JR奈良駅
平城宮跡朱雀門広場(天平祭会場)
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大極殿へ向かう
平城宮跡・南門復元工事
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大極殿
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遺構展示館へ向かう
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遺構展示館前(昼食)
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法華寺前へ向かう
海龍王寺
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春日社
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法華寺前へ向かう
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法華寺前~芸亭伝承地
芸亭伝承地
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佐保川堤を歩く
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大仏鉄道記念公園
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佐保川
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佐保川堤~奈良県庁へ向かう
此れは菖蒲(あやめ)だと思う
かきつばた(杜若)は浅い水辺に葉を伸ばし花を咲かせます。あやめ(菖蒲)は乾燥した
陸地に葉を伸ばし花を咲かせます。違いは明らかに咲いている場所で判断できます。
花だけを見た時は良く似ていて、違いを見分けるのが難しいかもしれません。その場
合の簡単な見分け方ですが、かきつばた(杜若)は花びらの中央が真っ白で、あやめ
(菖蒲)は花びらの中央に網目の模様があります。
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奈良県庁屋上
屋上から見る興福寺の五重搭
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此の続きは、
5月3日の平城宮跡天平文化の香りとともに-2 として
          下記のメインブログへ詳細を投稿します。
        https://taharas-amami-nara.blog.so-net.ne.jp/ 
続きは、奈良公園~
奈良公園・国立博物館前~仏教美術資料研究センター
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むくろじ大木前~奈良公園の藤
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春日大社参道
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春日大社本殿へ向かう
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春日大社
砂ずりの藤
慶賀門を入った所の棚作りの藤で、5月初旬頃に花房が1m以上にも延び、 砂にすれ
るということからこの呼名があります。ノダフジの変種といわれます。
摂関近衛家からの献木と伝えられ、『春日権現験記』にも書かれている古い藤、 樹齢
700年以上といわれます。
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復路
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飛び火野の藤
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春日大社一の鳥居
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十三鐘(じゅうさんかね)のなんじゃもんじゃ
「十三鐘」=興福寺菩提院大御堂と言うのが正式名称
「十三鐘(じゅうさんがね)」と呼ばれる興福寺菩提院大御堂の正面には「伝説三作
石子詰之旧跡」と書かれた木標が立てられています。
この記されている伝説「三作石子詰」、すなわち「石子詰めの三作」とは、現在も「神
鹿」であり保護されている奈良の鹿が一層手厚く保護されていた昔、「三作」と呼ば
れる子どもが文鎮を鹿に当て、誤って鹿を死なせてしまい、鹿を死なせた者を死罪
とする掟を破ったことで穴に埋められたという悲劇の伝説です。江戸期、元禄時代
には近松門左衛門が三作伝説を題材に母親が弔いの鐘を鳴らすエピソードを盛り
込んだ浄瑠璃「十三鐘」を生み出すなど、奈良に留まらず古くから広く流布した伝説
・伝承として知られています。
ちなみに、埋められたとされる場所は木標の下ではなく、脇にある鹿よけの門を開け
興福寺菩提院に入った前庭に、三作を祀った実際の「塚」が設けられています。
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興福寺・五重搭
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中金堂
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額塚
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南円堂前の変わり藤?
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北円堂前
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近鉄奈良駅~JR奈良駅
コーヒーケーキセット @600円
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